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頭の上から降ってきた出会い

身から出た錆


 自然は微妙なバランスの上に成り立っている。
たとえば、オーストラリアにはカンガルーの仲間が非常に沢山住んでいた。その糞を食べる虫ももちろんいました。ところがヨーロッパから移住した人間が、牛や羊を広い平野で飼うようになった。
しかし、カンガルーのころっとした硬い糞しか食べたことのないオーストラリアの糞虫たちは、牛や羊の糞に見向きもしなかった。毎日毎日大量の糞(現在一日3〜4億個)が牧草地を覆い、その下の牧草が枯れ(25頭の牛の糞で毎年1ヘクタールがダメになった)、牛の食べない雑草がはびこりはじめた。それから残された糞に大量のハエが発生し、ハエを媒体として牛の伝染病が広まっていった。
また、あまり雨の降らない土地なので、乾燥した糞が細かい粉となって空中に舞い上がり、人々の頭の上から降ってくる。
 そこで、アフリカや東南アジアから糞虫を持ち込んで、糞の始末をすることにした。大型草食獣の多いアフリカの代地が糞で覆われないのも、この糞虫たちのお蔭である。
私たち人間が自然のバランスを崩すと、必ず何らかの影響が出てくるよい例である。


つながって生きる


 自我とは何か?自我は言う。「自分は宇宙の中心だ」と、「宇宙は自分のために存在するのだ」と・・・。それは一つの、実に馬鹿げた立場だ。なぜなら、世界はあなたがいなかった時にもあったし、あなたがいなくなってもそこないるからだ。あなたは中心じゃない。
 自我は「自分はほかのものとは別々だ。樹々とは別だ。空とは別だ。海とは別だ」という一つの宣言にほかならない。
しかし、あなたは本当にほかのものと別々だろうか。何百万というつながり方で、あなたはほかのものすべてと結びついている。
 あなたは、あなたの母親や父親とつながっている。そして、あなたの父親も、その父親や母親とつながっている。そして、以下同様だ。それがどこまでも続いている。
 あなたは毎瞬間、空気と繋がっている。もし息をしなかったら、あなたは死んでしまうだろう。あなたは太陽光線ともつながっている。もし太陽がふとある日、朝昇るのを忘れたら、われわれは十分以内に死んでしまうあろう。あなたは水に依存している。食物も依存している。どうして、あなたが樹々とつながっていないといえる?とスワミ・プレム・プラブッダは語る。
自分がすべてのものと共生していることを知り、対応したいものである。


自分のことを棚上げしない

 何かことが起きると、「政治が悪い」「官僚が悪い」「経営者が悪い」「教育が悪い」などと、都合の悪いことはすべて自分以外の誰かのせいにして安心するといった習性が、いつの間にか私たち一人ひとりの心の中に浸透している昨今である。
だが、自分自身も、その犯人の一味であるということを自覚し認めないかぎり、この地球そのものが時限爆弾によって吹き飛んでしまう危険に瀕している。その時限爆弾の起爆剤を取り除く作業に、一人ひとりがいま取り組まなければならない。
 公害問題一つにしても、公害の恐ろしさや怒りは誰もが持っているが、自分は常に被害者であって、自分を除いた誰かが加害者であると思い込んでいて、決してその怒りが自分自身に向けられることはない。
 たとえば、車の排気ガスがその元凶の一つであることは誰もが知っている。その責任を自動車メーカーや道路行政のせいにする人は多いが、それに乗っている自分自身の責任について論ずる人は一人もいない。
その程度の意識で本当に公害がなくなると信じているのなら、あなたは身勝手すぎる。腹の底から自分自身が被害者だと認識する必要がある。